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『特集』デトロイトで生まれ変わったブレイク・グリフィン Vol.1

 

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昨シーズン途中、トレードでピストンズへ移籍

デトロイト・ピストンズのエース、ブレイク・グリフィン

ブレイク・グリフィン。

少しでもNBAをフォローする人なら誰でもその名を知っているであろう。オールNBAオールスターゲームに毎年のように名を連ねるオールスターPFである。並外れた身体能力から繰り出される豪快なスラムダンクダンクコンテストも優勝したリーグ屈指のダンカー。今回はブレイクグリフィン特集のVol.1として主にプロ入り前からクリッパーズ時代を振り返る。

 

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プロ入り前から注目されていた逸材

彼の名はプロ入り前から全米に轟いていた。オクラホマで生まれたこの逸材は、地元のオクラホマ・クリスチャン高校で頭角を表す。

兄を追うように、クリスチャン高校に入学した彼はヘッドコーチである父トミー・グリフィンの元、在学した4年間でオクラホマ・クリスチャンを4回の全米チャンピオンに導く。シニアシーズンには平均26.8点、15.1リバウンド、4.9アシスト、2.9ブロックを記録し、全米高校生のオールチームであるマクドナルド・オールアメリカンゲームにも出場。まさにモンスター級の活躍で全米の強豪大学のスカウトをうねらせた。

地元オクラホマ大学に進学

高校を卒業すると、多くの強豪大学からのオファーを蹴り、兄が進んだ地元オクラホマ大学を選んだ。当時オクラホマ大学バスケットボール部史上最大のリクルートと言われるほど、周りの期待は膨らんでいた。フレッシュマンのグリフィンはその期待に応えるように平均14.7点、9.1リバウンドと次第点以上の成績を残し、BIG12カンファレンスのオール1stチームに選出、オールルーキー1stチームにも選ばれた。2年時にはネイスミス賞、ジョン・ウッデン賞など、大学の選手に贈られる個人賞を総なめ。大学の2年を経てグリフィンはアーリーエントリーを決意する。

 

ドラフト1位でロサンゼルス・クリッパーズからNBA入り

NBAでも即座に順応性を見せ、サマーリーグではMVPを獲得するなどしたが、最後のプレシーズンゲームで左膝を故障。精密検査の結果、しつがい骨の疲労骨折と判明し、開幕直前に欠場が決まった。また、当初は全治6週間と診断されたが、回復が後れ、翌年1月に再び痛みを訴えると、さらなる検査の結果、手術が必要と判断され、1年目はシーズンを棒に振ることに。

1年のリハビリを経て遂に2011年シーズン、グリフィンはNBAデビューする。2年目のグリフィンへの期待は昨年の怪我の影響もあり、それほどまでに高くなかった。しかしそのイメージや不安を彼はプレーで払拭したのだった。

デビューするや否や、持ち前の圧倒的身体能力でダンクを量産。チームこそ前年より3勝を上積みしただけだったが、それでもダンクコンテストに優勝するなど圧倒的存在感を示し、ルーキーとは思えない平均22.5点、12.1リバウンドという成績を残した。結果として100年に1人の逸材と言われたジョン・ウォールとの新人王争いにも満票で勝利。満票での新人王はレジェンド、ラリー・バード以来であった。

 

今回はグリフィンのプロ入り前からルーキーイヤーを振り返ってみた。次回はその後のグリフィンとクリッパーズ、そしてグリフィンのキャリアにおける転機となったデトロイトへのトレードについて特集する。

 

ちなみに大学時代、同世代のスーパースターステフィン・カリーともマッチアップしている。

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